映画「大丈夫であるように Cocco 終わらない旅」について

映画「大丈夫であるように Cocco 終わらない旅」について

Coccoというアーティストを知っていますか?「強く儚いものたち」や「音速パンチ」などの代表曲で知られる女性シンガーです。何かを守るような優しい歌声や、その華奢な体のどこからそんなパワーが出てくるのかと不思議に思うほどの力強いパフォーマンスが魅力です。映画「大丈夫であるように Cocco 終わらない旅」は、そんな彼女の姿を追ったドキュメンタリー映画となっています。拒食症や自傷癖があることを告白している人物でもあり、精神的に弱い人と見られがちな彼女ですが、この映画を見ると彼女の強さ、心の中に秘めた熱い思いを知ることができます。監督を務めたのは「誰も知らない」や「そして父になる」で知られている是枝裕和監督です。是枝監督はCoccoが彼女の故郷・沖縄で絶滅の危機に瀕しているジュゴンをテーマにして作った楽曲「ジュゴンの見える丘」に感動し、この映画を撮影することを決めたのだそうです。エキセントリックで謎の多い彼女の素顔や、まっすぐな言葉を肌で感じることができる作品です。

あらすじ

2007年11月21日、名古屋。Coccoのデビュー10周年を記念した全国ツアーがスタートしました。11月25日には新宿で写文集「想い事。」の発売記念ライブが開催されました。Coccoはその場で新曲「ジュゴンの見える丘」を歌います。この歌は故郷・沖縄の米軍基地移設予定地に現れたジュゴンのために作った曲でした。ライブ会場に詰めかけたファンたちは、短冊に願いをこめてメッセージを書き込みます。Coccoはそれを必ず沖縄の地へと持っていくと約束するのでした。12月3日、神戸でのライブを控えたCoccoは、阪神・淡路大震災の「慰霊と復興のモニュメント」を訪れます。彼女は何かを感じとり、曲を書きます。その曲は「バイバイパンプキンパイ」と名付けられました。12月5日、大阪でライブを終えたCoccoは青森へを向かいます。原発問題で揺れる青森県六ケ所村に住む少女から一通の手紙が届いたためです。Coccoはそこで原発に悩まされる地元の人たちの苦しみを知ります。12月12日、青森でのライブ会場には手紙をくれた少女の姿もありました。次にCoccoが向かったのは故郷・沖縄でした。ツアーのスタッフたちと共に平和の礎やひめゆりの塔を訪れ、花を供えます。12月25日のクリスマスにはCoccoは実家へ帰り家族とともに幸せなひと時を過ごします。翌日、ライブ会場にはファンが綴った短冊が飾られました。Coccoはそこでひめゆり部隊が歌ったという「お菓子と娘」や沖縄民謡を歌います。彼女には沖縄芝居の巨匠であった祖父・真喜志康忠の血が流れているのでした。翌日にはCoccoは宜野湾市のステージに立っていました。彼女はそこで、自身の父親が母親へプロポーズしたときに歌ったという歌を披露しました。ライブが終わると彼女は辺野古へ向かいます。ここは普天間基地の移設予定地なのです。美しい砂浜を有刺鉄線が走り、米国と沖縄の境界線を示しています。Coccoはその冷たい鉄の境界線をファンからの短冊で色とりどりに飾っていきます。2008年1月5日、広島でのライブ。昔は死ぬことばかり考えていたけれど、今は生きることを願っていると語るCoccoは、神戸で作った「バイバイパンプキンパイ」を笑顔で歌うのでした。1月10日、この日は武道館でのツアー最終日。ライブ終了後、Coccoはなかなか楽屋から出てきません。彼女は自分の無力さに打ちひしがれていたのでした。ツアーを終えたCoccoは再び沖縄へと戻ります。Coccoはファンからの手紙をすべて燃やし、新たな世界へと旅立っていきます。燃やした手紙が蛍のように空に舞っていくのでした。

出演者

  • Cocco
  • 長田進
  • 大村達身
  • 高桑圭
  • 椎野恭一
  • 堀江博久

スタッフ

  • 監督・・・是枝裕和
  • プロデューサー・・・是枝裕和
  • 撮影・・・山崎裕、高野大樹、是枝裕和
  • 録音・・・黒木禎二
  • 編集・・・是枝裕和
  • 助監督・・・砂田麻美
  • スチール・・・nanaco
  • MA・・・桑木知二、池田聡、安藤基広、岸良真奈美、佐東竜司、三好大輔、甲斐敏男、照木美智子、田村英彦、是枝裕和、藤本款、根上哲、山崎裕、丹場博昭、上野新

「ジュゴンの見える丘」について

Coccoの14枚目のシングルとしてリリースされたこの曲は、2007年6月に沖縄県名護市大浦湾に現れた2頭の親子のジュゴンにささげられた歌です。同年の「LIVE EARTH」で初披露されました。発売当初は沖縄地区および通信販売のみでの限定発売とされていましたが、沖縄での大きな反響を受け、後にCD未発表音源を追加収録した全国盤として発売されました。「まだ青い空 まだ青い海 終わりを告げるよな真白色」と歌詞にあるように、ジュゴンが現れた同地は、普天間基地の移設予定地となっている場所でもあります。ジュゴンの生息地として知られている土地でしたが、親子のジュゴンが見られるのは世界でも珍しいことで、大浦湾がジュゴンの繁殖地である証拠でもあり、このジュゴンの出現によって普天間基地移設反対の声が大きくなるきっかけともなったのでした。

「お菓子と娘」について

この映画の中でCoccoが歌っている「お菓子と娘」という曲は、1929年に作られた歌謡曲です。作詞は西条八十、作曲は橋本國彦です。「お菓子の好きな巴里娘 二人揃えばいそいそと 角の菓子屋へ ボン・ジュール」という歌詞と軽快な曲調が楽しい曲となっています。作詞者の西条八十は、フランスのソルボンヌ大学へ留学した経験があり、その地で「若きパルク」で知られる詩人ポール・ヴァレリーらと交遊します。この曲の詩には、パリで見た若い女性たちの天真爛漫な姿が描かれています。そしてこの曲はCoccoのふるさと・沖縄のひめゆり学徒隊の思い出の曲でもあるのです。沖縄が戦争の真っただ中にあったとき、ひめゆり学徒隊の生徒たちは南風原の陸軍病院で壕堀りをしていました。一生懸命に働く生徒たちを励まそうと引率した若い女性教師が歌ったのがこの「お菓子と娘」でした。生徒たちはこの曲を聴いて防空壕の中で笑い転げたのだそうです。戦時の苦しい生活の中で、幼い少女たちの心の支えになった歌がCoccoの手で現代によみがえったのでした。

感想

私はこの映画を見るまで、Coccoという人物に少なからぬ偏見を持っていました。自傷癖や拒食症を告白し、ガリガリに痩せた姿でメディアに出演する彼女は痛々しく、なぜそこまでして芸能界にしがみつくのかと嫌悪感すら抱いていました。あの姿を見て心の弱い人たちが励まされると言っているのを聞いても全く理解できませんでした。Coccoの曲も「強く儚いものたち」をカラオケで友達が歌っているのを聞いたくらいで全く知らなかったのです。ですが、たまたまこの映画を見て、Coccoに対しての見方が少し変わりました。彼女は本当に強い女性だと気付かされたのです。ただ人より繊細で敏感なだけなのだと。彼女の歌には迫力があります。歌の背後にある思いが強いからです。歌うことしかできないからと彼女は言います。震災・原発・戦争と人々が頭を抱え、悩み、けれど何もできないと遠ざけてしまう問題に、彼女は真っ向からぶつかり、そして被害者の立場で苦しみ、歌で何かを伝えようと必死にもがいているのです。その姿は痛々しく、同時にたくましくもあります。そして私のように彼女の内面を何もしらない人間は、彼女の「痛々しい」部分しか見えていなかったということに気付かされたのでした。Coccoのしていることが偽善のように感じられる人も中にはいると思います。実際に彼女の行動で何かが変わったとは言い難く、普天間基地の有刺鉄線につけた短冊はすべて燃やされてしまったといいます。ですが、彼女の歌を聞いて、何か変えようと思い始める人が大勢いることは確かだと思います。彼女が悩み、苦しみ、出した答えは「生きていく=歌う」ことでした。歌で何かを変えようなんて彼女は思っていないのかもしれません。Coccoは言います。「大丈夫にしてあげられなくても、大丈夫であるようにといつも思っているから」と。彼女の思いが多くの人に伝わり、彼女自身も「大丈夫」になる日がいつか来ることを願ってやみません。